
年々、外反母趾や浮き指のこどもが増えています。いったい原因は何なのでしょうか。昭和30~40年代のこどもの履物事情はここ10~20年と比べるとかなり悪かったはずです。それにもかかわらず足に異常を呈するこどもがどんどん増えているということは、原因が靴以外にもあると考えなければなりません。
1.こどもが足指が使えない環境
ネット上で、足指を意識して使わないことが外反母趾や浮き指などの根本原因であるという説をよく目にしますが、これは少し考えればおかしな説だということが分かります。こどもは意識して足指を使っている訳ではありません。また足指の使用は歯磨きのように訓練して行なうものでもありません。
これはヒトに限った話ではなく、動物は親に四肢を使うことを教えられることはないのです。ただし鉛筆の持ち方や箸の握り方やピアノの鍵盤の叩き方など、ヒトにおける道具の使い方を教えることは別問題です。
こどもが足指を使わない、というよりも足指を使えない状態にあるのならば、なぜそのようになったのかを根本的に考えることが重要です。でもこれはすでにネット上に明快な解答があります。
2.足研究の大家の貴重な言葉
下記は兵庫教育大学名誉教授の原田碩三(はらだせきぞう)先生のホームページです。この原田先生のホームページはたいへん勉強になります。みなさんもぜひお読みになってください。ここに浮き指の原因が書かれています。またこの中に書かれている「ミサトっ子草履」は大変良いです。こどもさんにぜひ履かせてあげてください。
http://www.mamachoice.co.jp/ashi_kenkou/ukiyubi.html(現在リンクは無効になっています)
浮き趾(ゆび)の原因
私は、浮き趾(ゆび)の原因は次の通りだと考えています。
- 赤ちゃんのとき、手と膝と足の趾(ゆび)の6足ハイハイをしていない
- 赤ちゃんのとき、壁や家具などにつかまって立つ練習をしていない
- 赤ちゃんのとき、つたい歩きをしていない
- 歩く距離が短い
- 足のゆびを使う「おにごっこ」や「おしくらまんじゅう」、すもう、ドッジボール、サッカーなどの「群れ遊び」をしていない
- 足のゆびが働かないはき物をはいている
生活スタイルとの関係
このような原因を作る生活として・・・・
- 赤ちゃん時代・・・歩行器、親が手を貸して歩かせようとするなどで、体全体を使う機会を奪われている
- 1歳頃~・・・きつい靴下や靴、足先が細い靴、大きすぎる靴、小さすぎる靴などをはいている
- 2歳頃~・・・ベビーカーや車で移動し、歩く距離が少ない
- 3歳頃~・・・砂遊び、ぶらんこなどの固定遊具遊びなどの自分の体を自分で動かす遊びが主で、他の子によって動かされる「群れ遊び」が少ない
- 4歳頃~・・・「群れ遊び」が一日の遊び全体の70%に満たない。全身を活発に動かす時間が一日のうち4時間以下である
このような生活が、足のゆびを使う機会を奪い→足のゆびに力がつかない→土踏まずができない→運動能力が育たない、あし(足+脚)や体に左右差が生じるという結果を生みます。
原田先生は「浮き趾(ゆび)の原因」として書かれていますが、これは同時に「外反母趾の原因」と考えてもよいのではないかと思います。といいますのは「外反母趾」と「浮き指との関係が深いハンマートゥなどの足の指の変形のいくつか」は似たようなメカニズムで起こると足病学ではされているからです。
3.幼少のころの環境がとくに重要
先生が書かれているようにこどもが成長する環境が昔と今とでは大きく違います。しかし違うから仕方がないでは済まされないのです。できるだけご両親が先生がおっしゃる環境に近づけてあげるしかないのです。そしてこのことは土踏まずが形成される4~8才までにしっかりとさせなければなりません。昔は特に親が気を配らなくても自然に足が正常に発達できる環境が多かったと思われますが、社会の変化とともに、そういう環境が減ってしまいました。
私個人の意見ですが、道の凸凹が無くなって平坦になったのも浮き指の原因を作る生活環境のひとつではないかと思います。
このように幼少のころにしっかり足指を使わないと、やがて外反母趾や浮き指になり、足指を使えない状態になります。また外反母趾や浮き指まではいかなくても、将来外反母趾や浮き指をひき起こす足の構造(前足部内反など)になると思われます。足の構造は遺伝的な影響が強いのですが、幼少期の生活環境もある程度影響を与えるものと考えられます。
ポイントは幼少のころの足指の使い方がとくに重要だということです。骨・筋肉・靭帯が急速に成長する幼児期・学童期に、「足部の関節の軸の向き」や「骨の表面の形状」や「靭帯の張り具合」などがほぼ決まるのでしょう。つまり将来の外反母趾や浮き指の変形のリスクも含めて、足の状態がほぼ決まると思われます。
外反母趾や浮き指のこどもでも、しっかり足指を使う生活環境を整えてあげると、足が正常な状態に戻ることもあります。これは低年齢であるほど有効です。しかし時期を逃すとなかなか改善しなくなります。
ですから小学校低学年を過ぎてもまだ正常な足の構造が作られていない場合は、足底板やインソールなどを使用した方がよいことがよくあります。使わないと足だけではなく、ひざや腰への悪影響も出てくることがあるからです。インソールや足底板を使わずに足指を鍛えていく方がよいのか、インソールを使った方がいいのかの判断は、そのこどもの足の状態、年齢、環境を総合的に考慮したうえで判断しなければなりません。
4.成長期を過ぎた場合
成長期が過ぎた場合は、インソールや足底板を使わずに足指を鍛えていく方法はなかなか結果が出にくいです。それは成長の過程で「足部の関節の軸の向き」や「骨の表面の形状」や「靭帯の張り具合」がほぼ完成しているからです。筋肉を鍛えてもこれらを変えることはほぼ不可能ですし、たとえこれらが変わることなしに外反母趾や浮き指が改善されたとしてもインソールや足底板を使わずにその状態を維持していくのは難しいのです。なぜならば重力に逆らった不安定な状態を、骨や靭帯の支えが少ない状態で維持しないといけないからです。
5.裸足生活と外反母趾の改善
以前に「裸足で生活する国に嫁いだ人が外反母趾が治った」という内容の記事を読んだことがあります。この事実は上記で述べたこととが矛盾しないのでしょうか。
単に靴の圧迫によって、ごく軽い外反母趾になっている場合にはそういう人もいると思います。これは裸足になることによって、原因となっていた靴の圧迫がなくなったのが改善した理由であると思われます。しかし裸足で生活する人にも外反母趾が存在します。こういう場合は足の構造自体に問題がある場合が多いと思われますので、裸足での生活を始めたからと言ってみんなの外反母趾が治るわけではありません。
数年前に裸足で歩く民族にひどい外反母趾の年配の人がいるのをネットで見て驚いたことがあります。この人はヨーロッパに留学していた若いころに、足よりも小さい靴を履き続けていて外反母趾になったと言っていました。郷里に帰って裸足の生活に戻っても外反母趾は治らなかったのです。単に靴の圧迫でなった場合でも、その圧迫が強くかつ長期間続くと、関節が硬くなってしまい元には戻りにくくなってしまいますし、もし足が外反母趾を引き起こしやすい構造だったとしたらなおさら元にはもどりにくくなります。
足の構造に問題がある場合は、裸足での生活ですら外反母趾を誘発する可能性があります。こういう場合は構造が優れた靴の中に、インソールや足底板を入れて足の構造をサポートしてあげる必要があります。
6.成人にも改善例が見られるのは
成人にも足指のストレッチや運動で外反母趾や浮き指が改善される場合があります。確かにそういう人もいますし、論文もでていますし、ビフォーア&アフターの写真も残っています。しかし治ったり好転したりした人が、その後、今までと同じ生活をしてどうなったかという追跡調査は今のところ見たことはありません。治癒したり、あるいは改善したりしてもそれが維持できるとは限らないことは、外反母趾や浮き指のメカニズムを考えれば明白なことです。
※外反母趾や浮き指のメカニズムに関しては下記のリンク先をご覧になってください。
「足病学で説明されている、外反母趾発生の真のメカニズムとは」
「足が内側に倒れ過ぎて浮き指になるメカニズムを詳しく説明」
「高過ぎる足のアーチが原因で浮き指になる場合のメカニズム」
当院の患者様からは足指の運動で一度は改善されていた外反母趾がまたもとに戻ったというのは聞いたことがあります。たぶん生活環境が同じならば、カカトが倒れることによって外反母趾や浮き指になった場合には、たとえ足指の運動で外反母趾が改善されたとしても、重力には勝てないので再びもとの状態に戻ってしまうのは自然であると思います。
そう思うので私は成人の患者様にはきちんとした構造の靴の中に、機能のしっかりしたインソールや足底板を入れて使用することをお勧めしています。ただ成長期を過ぎていなかったら運動で足全体をしっかり使うことで外反母趾や浮き指が大きく改善され、その後も維持されることは大いにありうることだと思います。
7.遺伝と矛盾しないか
「悲しいけれども遺伝は外反母趾の原因の中でも最大のものだ!」のところで、外反母趾が遺伝と関係することを述べました。もし遺伝が原因であれば、こどものころにどういう生活をしようと関係ないのではないかと思われる方もいらっしゃるでしょう。私たちの持つ遺伝情報は細胞の核の中でDNA(デオキシリボ核酸)の形で存在しますが、それがこどもの頃の生活で変わるわけがないから、「外反母趾と幼少の頃の生活様式は関係ないのではないか」と考えるのも自然なことかもしれません。
ところが一卵性双生児の一方のみが外反母趾になっている例があるそうなのです。一卵性双生児は遺伝子の本体であるDNAの「塩基」という物質の並び方が同じです。二卵性双生児よりも一卵性双生児の方が顔もお互いにそっくりです。だからDNAが同じで、しかも遺伝が関係するのであればふたりとも外反母趾になるはずだと思われます。しかし一方しかならなかったのはなぜでしょうか。
実は一卵性双生児のようにDNAが同じであっても、お互いに違ったところはあるのです。そしてその違いは年を取るほど大きくなるのです。そしてお互いに違う病気にかかることもあります。なぜかというとふたりのDNAを形作る「塩基」という物質の並び方はお互いに同じであっても、その「塩基」にあるものがくっつくと少し働きが変わってしまうからです。そしてあるものがどこにくっつくかは環境に左右されるのです。
ですからこどもの頃の環境で外反母趾になるかどうかが左右されうるということと、外反母趾が遺伝と関係しているということは必ずしも矛盾はしないことなのです。ただし分子生物学レベルにおいて、外反母趾発現にどのようなメカニズムが働いているのかはまだ判明していないのではないかと思います。