
走っているとヒザが痛くなるランナー膝には多くのプロのランナーやアマチュアのランニング愛好家が悩まされてきました。いや、現在も多くのランナーがこれに手を焼いています。一口にランナー膝と言っても病態はいくつかあります。その中で代表的なのが腸脛靭帯症候群(ちょうけいじんたいしょうこうぐん、ITBS)と膝蓋大腿疼痛症候群(しつがいだいたいとうつうしょうこうぐん、PFPS)のふたつです。前者はヒザの外側が痛くなり、後者はヒザのお皿の周囲が痛くなります。ここではおもに前者のITBSについて、その痛みの治し方と予防法を述べたいと思います。
目次
1.ランナー膝とは
ランナー膝(ランナーズニー、runner’s knee)はランニングを行っているときにヒザの周辺に疼痛を生じる障害です。主にヒザの関節の屈伸運動(屈曲と伸展)の反復によって起こります。ランナー膝にはいくつかの種類がありますが、代表的なものは次の二つです。
- 腸脛靭帯症候群(ITBS)
- 膝蓋大腿疼痛症候群(PFPS)=ジャンパー膝ともいう。
前者は腸脛靭帯が大腿骨の外側顆と擦れることによって炎症が起こったものとされ、後者は膝蓋骨と大腿骨の間にストレスがかかることによって起こったものとされています。「炎症が起こり」と書かずに「炎症が起こったものとされ」と書いたり、「ストレスがかかることによって起こります」と書かずに「ストレスがかかることによって起こったものとされています」と書いたのは意味があります。
2.腸脛靭帯症候群(ITBS)
腸脛靭帯症候群は走っているときにヒザの周囲に痛みを出すランナー膝の中の代表的な疾患です。これに罹るとランニング中に膝関節の外側に痛みが出ますが、初期にはランニングを止めると痛みが収まります。しかしランニングを続けると症状は悪化し、ランニングを中止しても痛みが収まりにくくなります。
マラソンをやっている人によく起こりますが、バスケットボールのような球技でも起こることがあります。オーバーユース(使いすぎ)がこの疾患発生の大きな要因になっているとも言われます。
腸脛靭帯症候群には2つの病態が考えられます。ひとつは腸脛靭帯炎で、もうひとつは大腿筋膜張筋の筋筋膜性疼痛症候群です。
2-1.腸脛靭帯炎
これは腸脛靱帯が大腿骨下端の外側部(外側顆といいます)と擦れて腸脛靱帯に炎症が起こった、あるいは腸脛靱帯と大腿骨外側顆の間にある滑液包に炎症が起こったために痛みが発生すると説明されています。滑液包とは潤滑油の入った袋のことです。
2-2.大腿筋膜張筋の筋筋膜性疼痛症候群
ある筋肉が過度に使われて筋筋膜性疼痛症候群が起こるとトリガーポイントが現れて痛みを発生します。この痛みは必ずしもその筋肉の存在するところに出るとは限らず、その筋肉とは遠く離れたところに出る場合もあります。
たとえば骨盤の前外側にある大腿筋膜張筋にトリガーポイントが形成されると、大腿部外側から膝部外側にかけて痛みが発生します(下図参照)。

大腿筋膜張筋の疼痛域(トリガーポイント・マニュアル-筋膜痛と機能障害Ⅲ,エンタープライズ株式会社, 1994, p216、一部改変)
また大腿四頭筋のひとつである外側広筋にトリガーポイントが形成されると、下図のように大腿部から膝部にかけての外側に痛みが出るのです。

外側広筋の疼痛域(トリガーポイント・マニュアル-筋膜痛と機能障害Ⅲ,エンタープライズ株式会社, 1994, p252)
筋筋膜性疼痛症候群の存在が分かってから、腸脛靭帯炎もそのひとつではないかということも言われています。
ここで大切なことがあります。腸脛靭帯あるいはその周辺に炎症があると解釈して冷やすとどうなるでしょうか。筋筋膜性疼痛症候群は筋肉の使いすぎによって、筋肉内の血管中の血液の流れが悪くなり痛みが発生します。冷やすとますます血流が悪くなり、症状が悪化する恐れがあるのです。ですから冷やさずに、熱を加えて血流を促進させなければなりません。
3.ランナー膝(腸脛靭帯症候群)のメカニズム
ここではランナー膝の中でも比較的多い腸脛靭帯症候群のメカニズムを述べます。そして腸脛靭帯症候群を腸脛靭帯炎ではなく、筋筋膜性疼痛症候群としてとらえます。
筋筋膜性疼痛症候群は筋肉の使い過ぎから来るのですが、同じような運動をしていても、それになる人もいればならない人もいます。ランナー膝になっている人は大腿筋膜張筋や外側広筋が使われ過ぎているのですが、この疾患にかからない人とどこが違うのでしょうか。
それは足部の捻じれ・ゆがみに違いがある場合が多いのです。足部に捻じれ・ゆがみがあると、ヒザの動きにも異常が出てきて、上述した筋肉に負担がかかり過ぎるのです。たとえば足の前半分の内側が上がっているタイプの足を考えてみましょう。

足の前半分の内側が少しだけ上がっている足(Pod Mech vol.2. 株式会社インパクトトレーディング, 2006, p8)

こうやって足の変形(ねじれ・ゆがみ)を見ます。
このタイプの足が地面に着くと、足は内側に大きく倒れてしまいます。この動きを過回内(英語では「オーバープロネーション、overpronation」)と言います。

足の変形が過回内(オーバープロネーション)を起こす。(Pod Mech vol.2. 株式会社インパクトトレーディング, 2006, p9)
このときスネは正常な場合以上に内側に回転します(下の写真の①)。

過回内に伴うヒザの動き
スネが正常な場合以上に内側に回転すると、ヒザは正常な場合以上に内側に入ります(②、「ニーイン knee-in」の状態)。
太ももの前面にある大腿四頭筋は大腿直筋、内側広筋、外側広筋、中間広筋から構成されていますが、足裏が着地するときにヒザが曲がり過ぎないように強く収縮します。
足部の過回内(オーバープロネーション)が起こり、ヒザが内側に入り過ぎると、大腿四頭筋の中でも外側にある外側広筋が働かされ過ぎることになります(③)。
筋肉(この場合は外側広筋)が働かされ過ぎることが繰り返されると、筋肉に微小な損傷が生じます。するとカルシウムイオンが放出されて、筋肉の収縮が続きます。
筋肉の収縮が続くためエネルギーが必要になるのにもかかわらず、この部分の毛細血管は収縮した状態にあるため、酸素の供給ができなくなり、エネルギーが作り出せません。そして老廃物の蓄積が始まります。これによって発痛物質が放出され、痛みを感じるようになります。
この痛みをかばおうとして、ますます筋肉の柔軟性はなくなっていき、関節の動きも正常なものから遠ざかります。ここで無理なストレッチをするとますます微小な損傷が生じ、また患部を冷却するとますます血行が阻害されて、悪循環に陥ってしまいます。
また大腿筋膜張筋ですが、この筋肉は腸脛靭帯の上の方の前部に付いています。大腿筋膜張筋の反対側、つまり腸脛靭帯の上の方の後部に付いているのは大殿筋です。この2つが前後で働いて、腸脛靭帯のバランスを保っています。
ところが足部の過回内が起こると、スネや太ももが通常以上に内側に回転します。すると骨盤は前に倒れてしまうのです。骨盤が前に倒れてしまうと、大殿筋が腸脛靭帯を後方に引っ張る力が強くなります。逆に大腿筋膜張筋は通常以上に働かないと、腸脛靭帯のバランスを保つことができなくなります。

カカトが内側に倒れると、スネや太モモが内側に回転する(SUPERfeet Training
Program Tech 3. 株式会社インパクトトレーディング, 2004, p8)(一部改変)

スネや太モモが内側に回転→骨盤が前に倒れる→腰椎前彎(ぜんわん)増加=反り腰(カパンディ関節生理学Ⅲ.体幹・脊柱 医歯薬出版株式会社, 1997, p105)(一部改変)
この状態が続くと大腿筋膜張筋は過剰に働かされ、上述したようなメカニズムで痛みを発生するようになります。
4.ランナー膝(腸脛靭帯症候群)対策
4-1.ランニングシューズの選択
まずは構造的に優れたランニングシューズを選ぶことです。できれば信頼できるシューフィッターの方のアドバイスを受けながら選択するのがよいでしょう。ランニングシューズの選択基準で最低限として取り入れてほしいのは、
- ヒールカウンターがしっかりしていること
- 捻じったときに90度以上捻じれないこと
- 靴の反る位置が、足の指の反る位置に一致していること
これは「外反母趾の人生をバラ色にするシューズ選びの3つのポイント」に書かれているウォーキングシューズの選択基準と同じです。ただし強剛母趾の傾向のあるランナー、つまり親指を反らすと痛みがある方は上記の「3」の条件だけは違ったものにしなければいけません。つまり
- ヒールカウンターがしっかりしていること
- ねじったときに90度以上捻じれないこと
- 足の指の反る位置に相当する靴の部分が硬く、かつ爪先の上がっているもの
ということになります。これは「親指が反らなくなり、蹴るときに痛みが出る強剛母趾の治し方」に書かれていますので参考にしてください。

ニューバランスのランニングシューズのひとつ
4-2.最重要!足底板の挿入
つぎにその靴の中に、足の捻じれ・ゆがみを補正し、足の過回内(オーバープロネーション)を防ぐ足底板を作ってもらって入れることです。この足底板はカカトが倒れることを防ぐ目的で作るのですが、2点注意することがあります。
4-2-1.体重をかけずに足底板を作る
体重をかけるとその瞬間に過回内が起こってしまいます。つまり足がつぶれるのです。
正確な足底板を作るためには、「距骨下関節の中間位、横足根関節のロック」という状態を作り出さなければいけません。そのためには体重をかけない状態で足底板を作らなければいけないのです。これは別の記事として投稿する予定です。

体重をかけずに作る足底板
4-2-2.カカトを支える部分が硬い
過回内(オーバープロネーション)を防ぐためにはカカトが倒れるのを防がねばなりません。そのためには足底板のカカトを載せる部分が硬くなければいけません。その部分を手の親指と人差し指で挟んで、つぶれるようなものはカカトを支える力がありませんので、良い足底板とは言えません。

足底板の比較左は柔らかすぎる足底板。右のものぐらい硬くなければならない。右はかなり力を入れて握っていますが、形はあまり変わりません。
またカカトへの衝撃を吸収するためにも足底板のカカトを載せる部分の硬くて、脂肪組織を集めることができるものを選ぶべきです。

柔らかいとカカトへの衝撃が吸収されにくい。
4-3.筋肉に対する施術
筋筋膜性疼痛症候群を起こしている筋肉に対しては、冷やさずに逆に温めて血行を良くします。そしてトリガーポイントの部分をまずはマッサージでほぐし、その後に該当する筋肉のストレッチを行います。指では届かない部分に対しては希望者には鍼治療を行う場合もあります。筋肉が硬いうちは絶対に鍛えてはいけません。
マッサージとストレッチは自分で行う方法もないことはないのですが、やはり専門家に任せた方が確実で改善するスピードが早いと思います。
自分で行いたい方はアマゾンでマッサージ用のローラーを購入すると比較的楽にマッサージが行えます。

マッサージ用ローラー
また「誰でもできるトリガーポイントの探し方・治し方」は、とても参考になる本です。

「誰でもできるトリガーポイントの探し方・治し方」